2008年7月14日
 今日、7月14日はシーザーサラダの誕生日らしい。
 今朝、夜明け前に来週の花火現場の下見に出かけた、その時のラジオで、1924年の7月14日の暑い夜、シーザーサラダはメキシコ・ティファナのホテル「シーザース・パレス」で生まれたと話していた。
 時はアメリカ禁酒法真っ盛りの頃、週末には国境を越えて沢山のお客さんが来ることも珍しくなかった頃で、1924年の7月14日シーザーズパレスは、大問題に直面したそうです。
 レストランのほとんどの材料が底をついてしまい、突然の大勢のお客をもてなすには
全く足りなかったのです。 このレストラン・ホテルのオーナーである、シーザー・カーディーニは、悩んだ末に、カートにレタス、ガーリックオイル、レモン、卵、パルメザンチーズ、ウスターソース、クルトンとコショウを載せて、客のいるダイニングの中央に進みました。そして、鮮やかな手つきで材料を混ぜ合わせ、一つのサラダを作り上げたそうです。
 このサラダは、一夜にして伝説となり、西海岸に、全米に、そしてヨーロッパにまで広がっていきました。と色々なサイトに書いてありました。
 シーザーサラダで検索をかけたら、友の会だのシーザーサラダの由来などなど、たくさん出てきた。今年の夏はシーザーサラダ作りで暑さを乗り切ろうかと。
 歳のせいか、だんだん肉食が野菜食に変化してきている。
2008年6月28日
 花火大会の日程表が、ほぼ出揃った。あれも撮りたいこれも撮りたい、年の初めから夢を膨らませながら作戦を練ってきた。
 ところがどっこい、いざ撮影予定表を作ってみたら、7月の集中期間には9日間で7回の花火大会、真夏の暑さも考えたら、????。どう絞っても6回は行きたい。
 あとは、カメラの台数を減らし、体力の消耗を極力減らすこと、来年までには機材のスリム化をもっと頑張らねばと思っています、なにぶん肉体の劣化が進んでいるので。
 機材のスリム化の前に、自らの体のスリム化が先か。楽しみな季節の到来です。
2008年5月19日
 昨日、毎年行っている親戚の「顔合わせ会」を楽しんできた。ここ20年は集合写真の撮影が僕の役割、ず〜と中版カメラでの撮影だったが、今年から始めたデジタル化(僕の中での)の一環として出来るところはデジタルでと、デジタル一眼で初めてシャッターを切ってきた。
 初めての一眼レフ(45年前・中学一年・ミノルタSR-1初期型)を手にしたときの取扱説明書は薄っぺらなものだった、フィルムの出し入れ・ピント合わせ・絞りとシャッターダイヤルの説明だけ。後は、毎日毎日ピント合わせ・フィルム巻上げ・絞りとシャッターダイヤルの設定などの練習をし、撮影・現像を繰り返しては、結果を見て修正を繰り返し、『習得』していったものだった。
 今回入手した機種はニコンD300。そろそろ練習用に良いかなと思って、買ってみたが、使い始めてビックリ、撮影から印刷の段階までの間の仕事をほとんどやってくれるようになっていた。それも、昔何年も掛けて習得していたものを、カメラの初期設定のままで誰が撮っても十分なクオリティーのものをものしてくれる。部厚い取扱説明書を見ると、「こんなことが出来たらいいな」と思っていたことが、ほとんど出来そうなので、さっそくリモートコードMC-36と言うものを買ってきた。この先、パソコンとカメラを繋げばモットすごいことが出来そう、それもワイアレスで。しかし、しかしですよ、これを理解して、肉体化するのは大変なパワーが要りそうです。
 それを乗り越えれば、メーカーの与えてくれたこの多くの機能を、己の知力としてそれを腕力として使えばどんなことになるのか楽しみです。(桃井かおりさんの受け売り)
 こんなことを書いているのに、昨日の会が早めに終わったので、中古の大判カメラを2台仕入れてきました。さっそくこれから花火絵巻&天空の花火用に改造のため、ハンズに金属加工をしに行ってきます。 
2008年4月28日
 女優の桃井かおりさんの紫綬褒章が発表された。そのインタビューの内容に、
 「肉体的には50年以上たった中古だけれど、まだ相当使えるぞ、と新車のふりして自分自身を送り込む実験をしている」
 「歳を重ねるうまみを知ったというか、無理だと思っていたことをやってみたらできたり、腕力のような知力がつき、積み重ねることが素敵だと実感している。」
などのお言葉が・・・、元気付けてくれる。              VARIETY  JAPAN 
2008年4月1日
 先週で、NHK朝の連続ドラマ『ちりとてちん』が終わってしまった。早朝と午前の間の朝食タイムの定番で楽しませてもらっていたのに、ポッカリ穴が開いたようです。
 話の設定が、税金を集めるために設けられた職業の枠ではなく、生き方が職(?)の枠として扱われていた。だから、おか〜ちゃん・おば〜ちゃん・おじ〜ちゃんが無職ではなく、立派な生きている人として扱われていた。
 話の最終週には噺家としてようやく一人前になった主人公が噺家を辞めて、おか〜ちゃんのように(子供を育て、家族のため皆のため理屈抜きに)生きたいと、言うシーン(おか〜ちゃんが和久井絵美さんだったこともあるが)ジーンときた。
 『職人は仕事じゃない、生き方だ』 好きな言葉です。
 そして、和久井絵美さん演じるおか〜ちゃんの料理は、醤油・砂糖を使った『茶色い料理』。その影響か我が家の料理も、調味料の種類を減らして、シンプルに。
 最近のヒットメニュは、昨年12月の上沼恵美子のおしゃべりクッキングで紹介された『大根とこんにゃくの炒め煮』(上に書いた番組のホームページにたどり着いたら、レシピ検索で料理名を検索してください)冷めるとより美味しくなるので、2〜3日は楽しめる、あったかいうどんに載せてもおいしい。
2008年3月27日
 写真を扱う環境も、もはや「私はフィルムだけです」とは言っていられない状況になり、Web用のお気楽パソコン環境を改善すべく、ディスプレイを入れ替え、室内照明を変え、画像ソフトも勉強し直し。
 そこまでは良かったんですが、なにぶん老眼が進んできて、教則本が読みづらい。そこで買い集めた教則本を一頁づつスキャニング、千ページを超えちゃったけど、画面を縦にしてB5サイズの一頁をA3サイズで見ると、まるでシアター気分、それでも見難いダイアログ表示などは、マウスでクルクルと拡大表示。
 そこで、おとなしくお勉強をしている私ではありません、丁度次に読もうと思っていた文庫本をスキャニング。文庫本もシアター気分で、挿絵も上等なデッサンのように見ることが出来、デザイナーが文字に拘る気持ちも判って来ました。
 ここで一つ問題なのが、このデータが流出すると著作権の侵害になるので、扱いには十分配慮したい。(でも、老人・弱視の人向けに、このようなサービスも欲しい、その仕組みはどなたか考えてください。)
2008年3月12日
 最近、夜更かし・徹夜を避けて、その分早起きにまわしている。そんな朝のお気に入りの飲み物が『生姜ジャム』入りの紅茶。日本経済新聞の土曜日に付いてくる、日経プラスに載っていた。
 この『生姜ジャム』作り方はいたって簡単、100グラムほどの生姜をすりおろし、同量の砂糖・蜂蜜大匙2・レモン汁大匙1・水大匙1、これらを小鉢に入れて電子レンジでラップなしで5分、その後様子を見て2〜3分追加加熱、冷めると固まるので弛めに作るところがコツといえばコツ。 なぜか、病み付きになる味。
2008年2月16日
 突然、『そろそろ被写体のない写真を使ってみたい』昔あるアートディレクターが言った言葉を思い出した。
 『被写体のない写真』まるで判じ物のような言葉ではありますが、大切にしたい。
 このところ、2〜30年前に出会った言葉が、ポツンポツンと浮かんでくる。
2008年2月1日
 昨年11月から始めた『ゴミ箱』(パソコンのゴミ箱を実生活に導入)大変上手くいっています。
 ゴミ箱以外にも、加工の時に余った金属・材木・ネジなども、保管箱(今まではガラクタ扱い)の中身をデジカメで撮っておくと、引き出しや棚に行かなくても、パソコンで確認できるので、イライラが無くなり、また座ったまま画面でアッチコッチを覗きながらアイデアを考えることも出来るようになりました。  また運動量が減ってしまう。  
2008年1月25日
 昨年2007年1月2日の新春花火大会観覧スタンドで、数人の知り合いと軽い気持ちで話していた『花火絵巻』の構想。それを軽い気持ちで始めたのは良いけれど、あれもこれもと試行錯誤を続け、今年の正月で一段落着いたと思っていたら、とんでもない。
 フィルムの保管方法・スキャニングどれをとっても、サイズが桁違いの巨大・長大さ。
 そのため、保管箱・、ショーレックス・ ライトテーブル、そして長尺フィルムを傷を付けずにスキャニングするシステム。すべて手作りか特注。
 そしてスキャニングのテストを始めたら、軽く読み取っても、300メガ。
 頭に熱(知恵熱)が出て、床屋さんで丸刈りにして来ました。
 それでも、今回のシリーズ、苦労の甲斐はありそうです。
2008年01月01日
 花火の写真を撮り始めてから、20年近くになる。その頃の花火は夏のもの、半袖・半ズボンで、気楽に35ミリカメラを担いでの撮影だった。今では1年中どこかで打ち上げている。特に年末年始にかけては、良い花火が目白押し。今日もどこかの寒空の下、ホッカイロで身を固めて花火をフィルムに収めています。
               今年も宜しくお願いいたします。 



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